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虐待が子どもに与える障害について

前回ブログで虐待が子供に与える影響として、叩くことは、しつけではない虐待が子供にどのような性格形成に影響するのかを書きましたが、今回は虐待がどのように障害として現れるのか?を書きたいと思います。

 私が子供の頃はADHDという言葉すら聞いたことがなかったが、近年子供だけでなく、大人のADHDというのもよく聞きます。

 発達障害は先天性だけではなく、養育環境でも生じるということを理解していただければと思います。

 日本は施設の数や体制が不十分であり、十分に援助を受けられない子供たちがいること、親子で治療していくことが大事だと言う事です。

 大人の私たちが心身共に健康であって、初めて子供に良い養育環境を与えられるのです。

 

 

あいち小児保健医療総合センター 心療内科部長兼保健センター長 杉山登志郎著 

子ども虐待という第四の発達障害」2007年出版 引用。

杉山先生の臨床データに基づく



1、虐待は第四の発達障害


第一の発達障害は、精神遅滞、肢体不自由(は、四肢(上肢・下肢)、体幹(腹筋、背筋、胸筋、足の筋肉を含む胴体の部分)が病気や怪我で損なわれ、長期にわたり歩行や筆記などの日常生活動作に困難がともなう状態)などの古典的な発達障害


第二の発達障害は、自閉症症候群 これまで、自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたが、2013年のアメリカ精神医学会(APA)の診断基準DSM-5の発表以降、自閉スペクトラム症(ASD;Autism Spectrum Disorder)としてまとめて表現するようになった。自閉スペクトラム症は多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる生まれつきの脳機能障害で、人口の1%に及んでいるとも言われている。


第三の発達障害は、学習障害、注意欠陥多動性障害(Attention-deficit hyperactivity disorder、ADHD)は、多動性(過活動)や衝動性、また不注意を症状の特徴とする神経発達症もしくは行動障害である)などのいわゆる軽度発達障害


なぜ、虐待が第四の発達障害というのか?


 年齢による症状の推移がある。

 子供虐待の影響は、幼児期には反応性愛着障害と現れる

 小学生になると多動性の行動障害が目立つようになる

 思春期に向けて解離や外傷後ストレス障害(PTSD)が明確になり、その一部は非行に推移していく。


PTSD:(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は、強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、こころのダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じるものです。 震災などの自然災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などが原因になる。


2、反応性愛着障害


 愛着障害とは?


第一は、定位行動で、子供が愛着者(一般的には母親)の方をじっと見つめ、母親から離れても絶えずそちらの方に目を向けている行動を指す。


第二は、信号行動で、愛着者の関心が自分に向けられていないとき、あるいは愛着者から離されたとき、さらに何か不安になったときなどに、愛着者に向かって泣き声を上げ、愛着者の関心を自分の方に向ける行動である。


第三は、接近行動で、愛着者が離れようとするとき、あるいは愛着者から離されたとき、さらに愛着者から離れた状態で不安を覚えた時などに、ハイハイや歩みよりによって愛着者への後追いをし、近づこうとする行動である。


 愛着行動は、人間特有の行動というより、哺乳類、鳥類など、長期にわたって子育てを行う高等動物の親子の間に、普遍的に認められる行動である。


 ボウルビイの愛着理論を発展させた、メアリー・エインスワース(発達心理学者)は、観察に基づいて13の特徴的な愛着行動を見出した。その中で特に重要と考えられるのは、愛着の絆が形成されると、子どもは母親といることに安心感を持つだけでなく、母親がそばにいなくても次第に安心していられるようになる。安心した愛着が生まれることは、その子の安全が保証され、安心感が守られるという事である。愛着のこうした働きを、安全基地(Security base)という言葉で表現した。


 愛着の形成過程 抱っこからすべては始まる 

 乳児期〜3歳から6歳(幼児) 2歳前後までが、最も重要


 人は、生まれるとすぐ母親に抱きつき、つかまろうとする。逆に言えば、育っていくためには、つかまり、体に触れ、安らう事ができる存在が必要なのである。そうしたことの重要性が知られていなかったころ、孤児となった子どもは、スキンシップの不足から食欲低下し、衰弱死してしまう事が多かった。子どもが成長するうえで、母が子を抱っこすることは、乳を与えることと同じくらい重要である。いくら栄養を与えても、抱っこが不足すれば、子どもはうまく育たない。


 抱っこをし、体を接触させることは、子どもの安心の原点であり、愛着もそこから育っていく。抱っこをすることで、子どもから母親に対する愛着が生まれるだけでなく、母親から子どもに対する愛着も強化されていく。何らかの理由で、あまり抱っこをしなかった母親は、子どもに対する愛着が不安定になりやすく、子どもを見捨ててしまう危険が高くなる事が知られている。


 子どもが泣くと、すぐに抱っこする母親の場合、子どもとの愛着が安定しやすいが、放っておいても平気な母親では、不安定な愛着になりやすい。

 

 抱っこという実に原始的な行為が、子どもが健全な成長を遂げるうえで非常に重要なのである。それは、子どもに心理的な影響だけでなく、生理的な影響さえ及ぼす。子どもの成長を促す成長ホルモンや神経成長因子、免疫力を高める物資、さらには、心の安定に寄与する神経ホルモンや神経伝達物資の分泌を活発にするのである。

 抱っこは、スキンシップという面と、「支え、守る」という面が合わさった行動である


 よく抱っこされた子は、甘えん坊で一見弱々しく見えて、実のところ、強くたくましく育つ。その影響は、大人になってからも持続するほどである


「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」精神科医 岡田尊司著 P20-P22 引用


子どもの時に、「抱っこは、抱き癖がつく」と、誰かが言っていたのを耳にした事があるが、それは大間違いであるし、私はそれを信じた事はなかった。


 反応性愛着障害とは?

 

国際的診断基準では二つに分けられる

抑制型・・・他者との安定した関係を持つ事ができず、他者に対して無関心を示す

       生後まもなくから極端なネグレクトの状態に置かれた子どもに多い。

       ※自閉症圏の発達障害に非常に似ている。特に高機能広汎性発達障害との鑑別は極めて困難である。


脱抑制型・・他者に対して無差別的に薄い愛着を示す

       ネグレクトに加え、身体的な虐待、養育者が一定しないなど愛着の形成が部  分的な成立のみの状態に置かれた子どもに多い。

       ※非常に落ち着かず、多動である事が多く、注意欠陥多動性障害によく似た臨床像を呈する。


 愛着障害の修復は可能か?


子ども虐待という第四の発達障害」杉山登志郎著は、本の中で、成人してから後でも、失われた愛着の再建は可能とも言われているが、著者としては思春期に突入する前に基本的な基盤を作る事が望ましいと考える。思春期の性的衝動が加算された状況においては、9章で取り上げる虐待的きずなと愛着都を分けることが著しく困難になるからである、と述べている。


3、解離という現象

 解離の大家であるパトナム・フランク・Wによれば、解離症状は記憶障害、および解離過程症状の二群に大別できる。


 記憶障害としては、ブラックアウト(記憶が飛んでしまっている現象)、とん走エピソード(気づいたらまったく別の町に行っていて、その間の記憶がない)、技能知識水準レベルの動揺(ある時は高い能力を示すのにある時はまったくダメなど、日によって能力がコロコロ変わる)、自己史記憶の空白(ある年齢の記憶が全くない)、フラッシュバック(突然にトラウマ記憶に襲われる)などがある。


 解離過程症状としては、離人感(物事の実感がなくなってしまい、とても苦しい現象)、被影響体験(何かに操られているような感じ)、解離性幻覚(お化けが見えたり、お化けの声が聞こえたりする)、トランス状態(没我状態に陥る現象)、交代人格状態(一人の人間に別々の人格が現れる現象)、スイッチ行動(普段とは違った状態へとスイッチが切り替わる現象)、解離性思考障害(内なるお化けなどの声に邪魔されて考えがまとまらない)などがある。


 子供でも明確な多重人格を示す場合も少なくない。その場合の特徴は、副人格が人間とは限らない。犬になる子供ももいる。


 青少年の間で「切れる」という現象がしばしば起きているが、これはまさに解離による症状と考える事ができる。


なぜ子ども虐待に解離が生じるのか?


例えば今日、若者の間で流行りのようになっているリストカット(リスカと呼ばれているらしい)は、大多数が解離性の離人症を基盤としている。

性的虐待で、実に91%に解離性障害が認められる。(外来統計)


 パトナム・フランク・Wは、離散的行動状態モデルによって説明している。

健常乳児が、ぐずり、うとうと、大泣き、覚醒など、生理的な状態と意識的状態とがワンセットになった行動状態の間を、スイッチを切り替えて移動することを表した行動モデルである。

 赤ちゃんでは数種類に限定されるこのような行動状態モデルは、発達が進むにつれて多くの状態依存的な行動モデルが加わっていく。

感情や覚醒や発達モードの異なったいくつもの行動のブロックが作られ、それらのモードを切り替えながら、我々は生活しているのである。


例えば「仕事モード」「家庭団らんモード」「運転モード」「野球モード」など、状況依存的で、さらにそれぞれに特徴的な生理的、意識的状態を容易に説明する事ができる。


 病理的な解離では、統合が存在しないまま切り替えが生じるのである。

 そして、そのことによって解離性障害へと発展する。


水密区画化(Compartmentalization)と病的な解離


 なぜ被虐待児において解離が病的な方向へ進むのであろうか。それには水密区画化という概念が援用される。

 水密区画とは、船の船底を閉鎖が可能な幾つもの小さな部屋に区切ることである。つまり外から船底を破って水が侵入してきた時に、水が船底の全てに広がり、船が沈没してしまわないように作られた構造である。


 圧倒的なトラウマ体験に対して、その部分だけ記憶を切り離して全体を保護する

このような防衛規制が働くことによって、個々の離散的意識と行動のモデルが状況依存的に独立し、発達的に病理的解離がつくられていくと考えられるのである。


七章参照。(脳にどのような影響が出るのかは別のブログで書こうと思います)

 トラウマ記憶はどうやら通常の記憶とは異なった蓄積のされ方をしていて、まさに脳の中にブロックが作られているようである。


 非常に幼い頃から、生き残る為の戦略として解離を用いている事が少なくない。

理不尽な暴力にさらされるというつらい体験の中にあっても、意識を自分から切り離してしまえば、痛みも感じないし、辛さも軽減される。まさに生き残る為の戦略として解離が働いているのである。


 また、性的虐待でなぜ解離が起こりやすいのかも了解出来る。自分の体験として統合が困難な体験なのだ。


4、高機能広汎性発達障害(High Functioning Pervasive Developmental Disorder、略称はHFPDDとなるが、一般的には高機能pervasive developmental disorders, PDD と称している)

 

 あいち小児センター心療科を受診した広汎性発達障害児の<表1>



 広汎性発達障害の中で虐待を受けていたものは6.9%

   高機能広汎性発達障害の中で虐待を受けていたものの割合9.7%


 高機能広汎性発達障害の子どもたちは、全体的な発達やことばの発達に遅れがない為に、幼児健診をすり抜けてしまう。育てる側は、何かおかしいと感じつつも、特に専門機関を受診することなく、ある年齢まできてしまう。


 非社会的なさまざまな行動が生じると、周囲から「しつけの悪い子」という誤った判断を下されがちであり、両親がしつけによって、子どもの身勝手に見える行動を修正しようとすると、さらに愛着の遅れが生じ、社会的な能力は送れることとなる。加えて、激しい叱責や突き放し、体罰に発展することも少なくなく、心理的虐待、身体的虐待に至ってしまう。


 反応性愛着障害は、0歳から5歳の乳幼児に、親もしくはそれに代わる人との愛着の形成に困難が生じた時にみられる症候群である。その抑制型は、人に対して無関心になってしまうパターンで広汎性発達障害、特に高機能群に非常に類似した臨床像をとる。


 愛着障害によって生じる一連の非社会的行動の中には、かんしゃくを起こしやすい、変化に適応出来ずにパニックを起こしやすい、パターンに固執する、人の目を見ない、他人の感情を把握出来ない、触れられるのを激しく嫌がる。


     高機能広汎性発達障害と反応性愛着障害の鑑別点

・一般的な家庭環境では、反応性愛着障害抑制型は生じない

・治療を行いながらフォローアップすれば鑑別が可能

・反応性愛着障害は抑制型から脱抑制型へと変化する

・対人的なひねくれ行動など、対人関係の持ち方は反応性愛着障害の方がより敏感さを示す


明らかになる母親自身の障害


 あいち小児センターでは並行治療を行った母子36名 /高機能広汎性発達障害が1296名

 診断の時期は、子供の受診当初のものが21名だった。そのうち8名は、子供の診断についての説明を聞き、母親自ら自己の発達障害の存在に気づいた例である。残りの13名は独特の認知パターン、対人関係のあり方が顕著で、発達障害と言う視点で見れば診断は容易であった。

 また、15名は経過中に診断が可能となったもので、治療経過の中で母親自身がパニックを起こしたものや、母親のこだわりの強さ、独特の認知のあり方から、治療の過程で徐々に問題の存在が明らかになった。

 大多数の母親自身に障害についての告知を行ったが、自分自身の対人関係のあり方や社会的な能力に対して不全感を既に覚えていたものが多く、受容は良好であった。すでに精神科で治療を受けたことがある者が28名もいたが、いずれも発達障害の可能性を指摘された事はこれまでなかった。


子ども虐待と母子並行治療


 そして実に36名中28名(78%)に子供を虐待が認められたのである。


 内訳は、身体的虐待4名、身体的・精神的虐待11名、心理的虐待9名、ネグレクト4名であった。 

 身体的虐待、心理的虐待では子供への対応の過程で母親自身がパニックとなり、子供に対する過度の体罰、暴言に至ると言うパターンが多く見られた。

 心理的虐待の中には、子供の解離状態をてんかんと認識して、複数の病院を巻き込んで大騒ぎを起こし、代理ミュンヒハウゼン症候群を疑われたり例があった。また、子供が学校で起こすトラブルによって、自らの学校時代の辛い記憶がよみがえってきて収拾がつかなくなり、「お前のせいで、自分がこんなに辛くなってしまう」と子供を虐待してしまう深刻な例もあった。

 ネグレクトでは、母親がビールを片手にパソコンのチャットに熱中し、家事を放棄、食事の支度も満足にできないと言う例も見られた。

 治療は様々なものを組み合わせて行ったが、入院治療を受けた子供の中には、子供の側の行動障害が強い上に、母親の対応能力の問題が加わって処遇困難ケースとなり、放置すれば重大な事件に発展した可能性がある例も、少なからずあった。

 この母子並行治療によって虐待があった28名中23名において虐待は終息したのである。


 実は、わが国において社会問題化した高機能広汎性発達障害の触法例の中で、このような組み合わせが疑われる事例がいくつか存在していた。

 筆者は高機能広汎性発達障害の触法例について検討を行った時に、その要因の一つが迫害体験であることを見出した。

 迫害体験には実は2つあり、1つは学校教育の中でのいじめ、そしてもう一つが子供虐待である。先に述べたように、高機能広汎性発達障害の9.7%に子ども虐待が認められたのである。このように、子ども虐待と高機能広汎性発達障害は単純ではない様々な絡み合いが見られる。

 従来の虐待の臨床において、広汎性発達障害の問題があまり注目されてこなかったのは、おそらく発達障害と言う視点から見ることが少なかったからではないかと考える。


注意・・・周囲の関心を引くために、自分の体を傷つけたり病気を装ったりする症例を「ミュンヒハウゼン症候群」と呼ぶが、「代理ミュンヒハウゼン症候群」は傷つける対象が自分自身ではなく、自分の子供など代理となる者である症例を指す。


5、多動性行動障害と子どもで虐待


 多動と非行


 注意欠陥・多動性障害(Attention-deficit hyperactivity disorder、ADHD)は、軽度発達障害の代表であり、その発病率も3〜7%と非常に高い。


 脱線であるが、著者はゴールデンウィークを過ぎた頃、その年、小学校に入学した子供たちの最初の授業参観や家庭訪問が終わるので、お母さん方から報告を受けるようにしている。この数年、通常学級を選択したお子さんのお母さん方から寄せられる最も多い感想は、「あきれた」というものであった。

 代表的な声をまとめると「うちの子は、しっかり座って授業に参加しているのに、ウロウロしている子が他にたくさんいて、クラスに少なくとも3人、多分5人ぐらいは発達障害ではないかと思われる子がいる」となる。

 最近、幼児期から診断を受けて療育を積み重ねてきた子供は、むしろ全く目立たないので、教師がハンディキャップを過小評価してしまうという困った状況になる。ともかく今、学校は多動児で溢れている。



 ADHDは、年齢限定的な病態と考えられていた。つまり、ある年齢が来れば、多動自体は治まり、多動によって足を引っ張っぱられていた様々な学校での活動も、改善してくると言うものである。

 しかし、成人に至っても不注意症状が継続することや、様々な後遺症が残ることが次第に明らかになった。中でも注目された問題は、非行との関連である。


 ニュージーランドは、人口動態が少ない場所として知られており、それを利用して大規模な前方向視的悉皆調査が行われてきた。これは、ある地域に住む全ての子供を長年にわたりどうなっていくのか調べると言う、根気のいる、しかし価値の高い研究である。

 その結果、6歳時点でADHDと診断された子供たちの実に5〜6割が、13歳の時点で非行を生じていた。これ以外にも、様々な長期にわたる追跡研究が報告され、さらに非行の1部が犯罪へ至る例もあることが示された。

 多動児の権威であるカントウェルは、青年期までに改善するものが3割、青年期以降も症状が続き困難を抱えるものが4割、ADHDの症状に加えてさらに別の問題を抱えるものが残りの3割、とまとめている。


 多動と反抗挑戦性障害


 もちろん多動から非行にすぐに結びつくわけではない。

 別のある調査からは、後遺症として最も高いものはうつ病で27%に達すると言う結果も示された。

 ここで注目されたのは、反抗挑戦性障害と言う病態である。名前だけ聞くとギョッとするが、大人の権威にことごとく逆らい、教師や保護者に反抗を繰り返し、また周りの子供たちに故意に喧嘩を売るなど、どこの中学校にも、最近は小学校にもいる、突っ張り型の子供たちのことである。

 非行とどこが違うのかと言うと、反抗挑戦性障害の場合には触法行為までは至っていないと言う点である。ADHDに加えてこの反抗挑戦性障害が認められる場合には、高率で非行に横滑りする様々な調査から示された。


ADHD様症状とは?


 筆者は新しい子供病院に赴任して、これまでかけていた視点に気がついた。子ども虐待の関連である。

 子供虐待によって生じる反応性愛着障害の脱抑制型においては、多動性行動障害が自然的に生じる。と言うよりも、学童期において多動でない被虐待児は著しく少ないのである。

 小児センターで診断を行った被虐待児のうち、広汎性発達障害を含め、なんらかの多動、衝動行為、不注意を示す子どもは、被虐待児の実に8割に達する。

 大阪大学の西澤哲は、被虐待児に認められる多動性行動障害のADHDから区別するためにADHD様症状と述べている。

 しかし、ここまでまたニワトリタマゴ論争がぼっ発する。多動性行動障害の存在は、虐待の高いリスク要因になるからである。

 事実、ADHDに虐待が上乗せになっており、「ADHD+ ADHD様症状」と考えるべき場合もある。

 

 この問題に焦点を当てて行った我々の研究では、もともとのADHDと考えられる症例の場合、特に父親に多動系の成因が認められたことだけが、有意差の認められた点であった。

 しかし虐待においてはしばしば世代間連鎖という現象があるので、そうなると区別は極めて困難になってしまう。

 問題の反抗挑戦性障害や非行への移行は、虐待系の多動は非行に多いのに対して、一般的なADHDでは、反抗挑戦性障害は時として見られるものの、非行への横滑りは、次の節で述べるように、比較的稀である。

 最も大切な鑑別点の有無である。反抗挑戦性障害から引き続き生じる多動の場合には、背後に解離性の意識障害が必ず存在する。

 よく認められるのは、些細なきっかけで激怒やパニックが生じ、大暴れするといった、いわゆる「切れる」現象である。これはスイッチングと呼ばれ、そのまま治療が行われなければ、解離性の同一性障害(多重人格)へと展開していくこともある症状である。

 これ以外にしばしば認められるものは、意識状態の変容である。

 問題行動に対して直面化した時に、子どもたちが突如意識がもうろうとしてくるのはしばしば経験する。

 

 ※解離性障害の症状が認められる場合には、アメリカの精神医学会の診断基準では、ADHDの除外診断となる事が規定されている。


多動と非行と虐待の関連

 

 筆者の調査結果より


 多動と非行と虐待との関連を見るために、筆者が継続的にフォローアップしている1000名以上の児童青年を調べてみた。

 DSM-Ⅳ(アメリカ精神医学会作成の「診断と統計のためのマニュアル」第四版)のADHDの診断基準の症状を呈する者を機械的に抽出してみると、173名、男性110名、女性63名、3歳〜33歳である。

 うち4名は20歳以上で、いわゆるアダルトADHDである。

 ADHDの下位診断としては、、混合型89名、不注意優勢型76名、多動衝動性優勢型8名であった。ここで、不注意優勢型の割合が多い理由は、先にも述べたように、この対象の中に子ども虐待を背景とした解離性障害を持つ者が多数含まれているからである。

 

 何らかの非行が見られるものは75名(43%)多動と非行が認められたこの75名中、虐待の既往のあるものは71名で、非行が見られた当時の95%に上る。

 非行の見られなかった98名のうち、虐待の既往がある者は62名、ない者は36名

 こうしてみると、多動児における非行は、圧倒的に虐待が介在していることが明らかであろう

 ちなみに、虐待のない非行の4症例を詳しく見ると、1つ上の世代で虐待があり(父親が虐待を受けて育った)家族の不和や不安が強い家庭と虐待はないが子供の問題行動の頻発によって母親が不安定になり、全般性不安障害を呈し精神科の受診と服薬を必要とした例が一例ずつ存在し、限りなく虐待に近い事例が含まれている。

 結局、子ども虐待が全く絡まない症例において、ADHDから非行に横滑りした者はわずか2名(5%)であり、以前筆者が行った調査と同一の結果となった。

 つまり、子ども虐待が絡まないADHDの場合、むしろ抗うつなどに向かう者が多く、非行へと向かう者はそれほど多くないと考えられる

※2013年にDSM-5が発行されている。

 

 ADHD様症状の神経生理学


 最近の神経生理学的研究で、虐待を受けた子供に脳の生理学的異常が認められることが明らかになってきた。

 自閉症の神経生理学的研究で有名なオルニッツは、瞬目反射、つまり大きな音に驚いた時に瞬間的にまばたきが生じる現象について、実験的な研究を重ねていた。もともとこれは自閉症を念頭に置いた研究であったが、同じ装置で警官の父親が射殺されたなど、心的外傷体験を負った子どにも実験を行ってみると、明確な異常所見が認められた。

 この研究以外にも、様々な生理学的な異常が報告され、反復性のトラウマによって、注意集中と刺激弁別の異常が生じることが示された。

  

 普通の外傷体験の場合には、その外傷に関連する刺激においてのみ、フラッシュバックが生じる。

 例えば、交通事故の被害者が、爆走する車の映像を見て、事故場面のフラッシュバックを引き起こすといった現象である。

 しかし虐待の様な反復性のトラウマの場合には、徐々に刺激内容にかかわらずフラッシュバックが引き起こされるようになる。

 被虐待児は、体の警戒警報が鳴りっぱなしの状態となって、すべての刺激に検討を行わず即座に過剰反応を示すようになるのだ。

 この状態は外から見れば、ハイテンションで落ち着かない、多動性行動障害の臨床像になる。これこそ西澤の言うADHD様症状にほかならない。



6、解離性同一性障害と複雑性PTSD

 

 多重人格は、1970年代までは、精神科が一生の間に一人診るか診ないかと言った、極めてまれな疾患と考えられていた。

 80年代になると急に様相が変わってくる。

 多重人格の症例が急増し、その治療に当たる精神科臨床医を著しく悩ませるようになった。それに伴い、症例報告も一挙に増加し、数十例から数百例を検討した臨床報告が相次ぐようになった。

 また、従来の多重人格は、数人程度のつつましやかな数であったのに、有名なビリー・ミリガンのように、10あるいは20を超える数の人格をもち、その人格は年齢も性別もバラバラという症例が、珍しくなくなった。

 ビリー・ミリガンは24の人格を持ち、その中に男性も女性も存在し、またその人格の年齢は幼児から成人まで分布する。

 そして最も重要なことは、80年代後半になると、この難治性の精神疾患と幼児期の虐待との関係が明らかになってきたことである。

 全員ではないし、報告によってばらつきはあるが、多重人格障害の約95%が子ども時代に虐待、それもしばしば性的虐待を受けたことが示された

 

 見逃されやすい部分人格の存在


 多重人格が明確に認められない場合においても、スイッチングと呼ばれる人格モードの切り替わりが認められる被虐待児は多い。

 つまり、状況依存的な生理的状態や気分とワンセットになった特有の意識状態の間、スイッチが切り替わるようにして移動するのである。

 最近話題になることが多い青少年の「切れる」現象などは、このスイッチングの別名にほかならない。

切れる」ときは、ただ単に怒りで我を忘れた状態モードに入っているだけのこともある。

 しかし、背後には結晶化をいまだ果たしていない未成熟な部分人格が存在することもある。我々はこの部分人格をパーツと呼んでいる。

 いささか専門的すぎるが、解離をもつ被虐待児の場合、この部分人格を正面から取り上げて初めて、治療的な成果を得られることは珍しくない。

 

記憶を失う元被虐待児

 

 この部分人格に関連して、被虐待経験のある虐待側の親の中で、ある年齢以前の記憶をすっぽりと失っている人(多くは母親)が何人もいることに気づいた。

 困ったことに、比較的適応的な主人格以外に、たいていは暴力的で非適応的な別人格も存在していて、そのような人格が前面に現れたとき、主人格は記憶を飛ばしてしまっているのである。

 その結果、次のような怖い状況が起きることになる。

 母親は子どもの首を絞めたようだが、絞められた側は記憶が飛んでいて覚えていない。

 絞めた側も記憶が飛んでいて覚えていない。あわや大事故に至っても不思議ではなかったという深刻な事態に、こちらは冷や汗をかくが、母親も子どもも「喧嘩したみたいだったけどねぇ」「そうだったみたいだけどね」と笑いあっている、、、、、、、、、

 ちなみにこのエピソードの母親は、人一倍よく働くときと、全く働けない時がある。

 更に毎晩のようにお酒を飲みに行ってブラックアウトするまで飲んでしまう時と、一滴も飲まない時が交替で現れるのである。 

 この切り替えは、おそらく偶然ではなく、きちんとした理由をもつ引き金があるに違いないのであるが、それを保持する統合的なメタ記憶が欠けた状態では、何が引き金になっているのか皆目見当がつかない状況がしばらく続いていた。

  

複雑性PTSD 子供虐待の終着駅症候群


 この母親のような極度に不安定な状況こそ、実は子供虐待の終着駅にほかならない。

 子供虐待のように、長年にわたり、繰り返し強烈な心的外傷を受け続けた場合に生じてくる精神科的な状態を、複雑性PTSDあるいはDESNOS(極度のストレスによる特定不能の障害)と呼ぶ。

 

 最も一般的に見られるのが、感情コントロールの混乱である。感情の極度の押し殺しと同時に、突発的なかんしゃくの噴出が見られる。

 これは性的な行動に関しても、極度の抑圧と衝動的噴出の交替として現れることもある。

 それぞれが別々の人格で遂行される場合も少なくない。

 次に意識の変化が生じる。解離が継続的に生じていて、意識の不連続が常に存在する状況となり、多重人格の形を取ることが多い。

 自己の主体性がなくなり、孤立無援感、または汚辱感、更には、自分はもう人ではなくなってしまったという思い込みに至ることもある。

 対人関係も変化し、虐待的な対人関係以外は存在しなくなる。加虐者への合理化や理想化、更には加虐者への逆説的感謝が生じることも少なくない。これは虐待的きずなと呼ばれる。

 また、性的虐待が近親者との間で長年にわたって生じた時には、被虐待児が加虐者を養護しようとする行動を取ることが少なくない。これは性的虐待順応症候群として知られ、虐待の事実を開示した直後に虐待を否認するといった行動が、頻繁に認められることになる。

 このような中で、他者への信頼は失われ、親密な関係を持つことが出来ない。自己防衛機能が失われる結果、再開虐待を招くことになる。


 例えば性的虐待の被虐待者が、その後の対人関係において、虐待的な性的関係を反復し、先の母親のようにDVの被害を何度も受けることになる。結果としては、性的行動で周囲の人間を操作するといったことも生じてくる。

 このような状態は、重度の抗うつを伴うことが普通である。特に性的虐待の場合、うつ病の危険率は健常者の数倍から十数倍の高リスクとなることが知られている。

 更に、意味の混乱が起きる。つまり、何のために自分が生まれてきたのか、あるいは、何のために自分がこんな苦しみを受けなくてはならなかったのか、という大問題が吹き出してくる。

 無論これには応えることなど出来るはずもない。この自己存在の意味も、行動で問いかけ反復されることが少なくなく、自殺未遂が繰り返されることもまれではない。

 


我が国においては3万8000名(2007年)の子供が社会的養護を受けているが、先進国において唯一例外的に、社会的養護が大舎制の児童養護施設によって担われている。

 里親による養育は3000名であり、全体の1割にも満たない。

 そして過去15年間で、30倍以上に増えた子供虐待の増加に社会的養護の枠が追いつかず、どこもかしこも満杯状態である。

 乳児院、児童養護施設、里親、情緒障害短期治療施設、児童自立支援施設、子供の心の専門家、子供が入院できる心療系の病棟、全て足りない。

 我々のセンターのような、心療系で入院できる病棟がある病院は全国で20も存在しない。

 その結果、治療をしても退院させる場所がないといったことが頻回に生じている。

 しかも、保護された社会的養護を受けている子供を取り巻く環境は、ごく少数の例外を除けば、決して恵まれているとはいえない。前にも指摘したように大舎制の施設に幼児から高校生までが雑居していて、圧倒的な人手不足の中で運営されているのである。

 

 日本の児童養護施設に暮らす子供達は、昭和30年代から時間が止まった中に過ごしている。そもそも児童養護施設にしろ、情緒障害養護施設にしろ、被虐待児のケアを目的として作られた施設がない。

 性的虐待を受け、それをきちんと把握されなかった子どもが入所し、その子から被害を受けた子どもが年長になると、より年少の入所児に今度は加害すると言う連鎖が繰り返される。

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